炎の妃を奪還せよ
                〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


世界中で最も大きな大陸の、東端と西端では、
それぞれ多くの人々が、日々の生活を営んでおりました。
ただ、あまりな距離の隔たりから、
まずは邂逅なぞ果たされるまいと、
いやさ、そうまでの世界の果てなんて あまりに遠すぎて、
人なぞ住まわっておるものかと見向きもせなんだのでしょう。
互いへの関心なんぞも持たぬまま、
それより間近、直接関わりのある目先の苦労や幸いへ、
笑ったり怒ったりしてその生涯を終える人が大半で。

  そんな遥かなる古代の時代より、幾星層と刻は流れて

文明の進歩と共に、人は好奇心から遠くを目指すようになり。
それとは別口、
目の先・鼻の先の敵との鬩ぎ合いは連綿と続き、
群雄割拠を繰り返し、大きな国が生まれては滅んでを繰り返し。
それぞれの民族が独自の文化を築き上げ、
それは大きく異なる民族性がそれぞれの地で育ったその中で。
遠き地の果てまで踏破しようという果敢な者が現れ、
また、遠方から来たりた者が訪のうて。
いつしか、東西それぞれの世界は、
絹や陶器に鉄の武器、
香料や貴石細工に、毛織物などなどという物流により、
互いの文化が、交流という名の下、奇跡の邂逅を果たして、
もうどのくらいの歳月となるものか…。




     ◇◇◇



東の果てと西の果てとのちょうど中間にあたろうところには、
南へ下った大陸との接点ともなろう、
それはそれは広大な砂漠が広がってもおりました。
雨季も無いでなし、何より東西を結ぶ重要な通過点には違いなく、
ほぼ遊牧の民らが足場にしつつも、人の住まわる地域も幾つかは点在しており。
東西の諸地域と同様、そこでもやはり、
時に大きな力持つ王朝が起こっては、
周辺をも巻き込んでの凌駕や制覇を繰り返してもおりました。
少し北へ逸れれば草原の国で、険しい山脈を後背に負うた高原がありましたが、
ともすれば そこへさえ多大な影響力を及ぼすほどの力にて、
現在の砂漠の大陸は、たった一人の男に事実上制覇されており、
人々は彼を、敬意と憧憬を込めて“覇王”と呼んでおりました。
砂の地の制覇、正確には彼の父王の代で完成したそれでしたが、
現在の王は、単なる“後継者”にはあらず。
むしろ、父の悲願の最後の後押しをした存在。
若いころより一将軍として前線へ赴くと、
卓越した知略もて、秀逸な布陣を敷き。
人望厚く、懐ろ深く、様々に優秀な武人を傘下へ招きつつも、
彼自身が先頭切って敵陣へ躍り込むことも辞さぬ勇猛果敢さは、
比する者なき英雄譚として広く語り継がれており。
独断専行とは微妙に異なるものの、
さりとて単独行動には違いない。
得意の騎馬術にて、
味方の陪臣さえ振り切ってのあっと言う間に戦域へ乗り込み、
勇名轟く敵将を討ち果たして自ら進攻の口火を切ったとか。
年寄りの話を編纂し、地形をあらかじめ把握した上で、
奇襲をかけて来た一団を逆に間欠泉へ誘い込み、
一気に噴出した冷泉で天高く吹き飛ばしての撃退したとか、
そういった戦巧の逸話には枚挙の暇もないほどで。

 “……だが、英雄とは認められぬ。”

仁に厚く、弱者には優しく。
敵に回せばこれほど恐ろしい夜叉はいないが、
その懐ろ、庇護の翼の下へ守られたなら、
これほど義理堅くて心強い味方はないと。
制覇された格好の領、彼の国の“属領”とされた地域の民らも、
彼を覇王と呼んで慕うこと、
誰一人として憚りもしないのが現状だが、

 “それでも…っ。”

ぎりと唇を噛みしめ、
砂防服の下、旅には不可欠の装備である太刀へ、
熱砂を踏破した旅の中、陽に焼けて随分と荒れたらしい手を載せて。
城下のにぎわいを苦々しく見やる男がいる。
建物も大路も、
ここが町となっての一番最初に産声を上げた頃から
そうであったままの石作りという、
そりゃあ古めかしい町ではあるが。
食べ物や香料の芳しい匂いが入り混じり、
売り声と掛け声も交錯する独特の喧噪の中。
市場に集う人々は闊達壮健、
商売人として抜け目はない者ばかりだが、
それでも空気は朗らかだ。
世の東西から物資が集まり、人が集まり、
それらが帯びて来た情報も集まって。
それらをこそ目当ての人々も集まってのこと、
この国はますます繁栄すること、間違いなかろう。
人種としては同じ民族でも、
砂漠のあちこちに点在し、それぞれに独立独歩の気位も高い、
星座の数ほどもあった部族すべてを統合し、統率するなぞ、
どんなに刻を費やしても
物理的道義的に不可能とされていたはずが。
気がつけば…武力だけじゃあなく、
巧みな交流の采配にもまんまと乗っけられ。
数多の地域の族長らが、
覇王の支配下に身を置く、属領としての盟約を結んでの現在に至っており。
自分の頭を押さえる者がいるなんて、王族には特に耐えがたいことな筈。
そこを、
虎視眈々とこちらを窺う外域の異民族に攻め込まれたらどうするかと、
じっくり外堀から埋めてゆき、籠絡していったというから、

 “そのような狡猾な輩に…っ。”

表向きには、
まずは困難と言われた砂漠の民の統合を成した、
栄光の覇王以外の何物でもないかも知れぬが、
市場の喧噪の中に身を置き、
そのにぎわいに時折揺さぶられてもいる“彼”にとっては、
そうそう単純に、経緯として片付けられるものではないらしく。
まだどこか若々しい拳を、
腰に鞘を通した剣の柄の上にて ぐぐっと握り込み、

 “炯の国を侭にした報い、必ず受けさせてやろうからなっ!”

お顔を隠すほど深々と降ろされた、
砂防のための幌頭巾の下で、
唇を歪め、決意のほどを新たにした彼へ。
陽差しの強さに塗りこぼされての、
黒々とした陰が…本体と共に頭上から落ちて来た奇禍、
周囲の人々は、皆 はっと息を飲んで目撃したのであった。



      **


先の王の在位中に、
既にほぼ現在の領土を統一していたこの国ではあったが、
風土病に倒れてからの晩年は、
次期国王となる、世嗣にして大将軍カンベエへと
内政外政の采配すべてを任せていた父王様でもあり。
その当時には既に、
第一妃のシチロージも氷の国から娶っていての、
後宮もすっかりと整って、
体制としても万全にして完璧。
事実上、カンベエの統治下にあると、誰もが認めていたほどだった。
そんな中にあって、
歴史的にも例のないほど広大な領地を得ていた王国、
これ以上いたずらに覇権を広げても、
把握し切れぬところから破綻を招くは必定と、
国の先行きを聡くも読んでいた覇王様。
覇権拡大への手段を、
戦さという直接武力による蹂躙によってではなく、
盟友との外交へと大きく変換してもいたが。
そんな音無しの構えでいたことが、だが、
ちいとも彼の牙を鈍らせてはおらぬこと、
改めて内外に示した騒動がこれありて。

  この砂漠の大陸の南端に位置する、
  小さな王国、炯の国への侵攻がそれだった。

其処にそんな存在があろうことさえ、
他国にあまり知られてはなかったほどに。
小さく、しかもさしたる資源も持たない国で。
ただ、知ってしまうと不思議な魅力にあふれていることも知れて。
例えば、位置的な問題として、
降水量も少なく、水脈にも縁遠いはずの地だが。
近年になって、妙に水まわりが良くなったか、
一番の最寄りの国から大枚はたいて買っていたはずの飲料水を、
さほど急いで求めぬようになったり。
遠い欧州の方では大きな船を仕立てての航海術が盛んだというが、
海岸からも距離があり、そんな話とも縁遠いはずが、
いつの間にか、
随分と毛色の異なる客人の姿、
国内のみならず、王宮内にまで増えている様相を示していたり。
そういえば、炯の国という呼び名は、
幻の黄金郷や
宝石の鉱脈があったという伝説を数多持っていたからで。
だがだがそれらは、ただ単に大陸の果ての国だから、
遥かに遠い国だからと負わされた
“夢のような”という形容詞のようなもの。
砂漠と国境、どこが境かも判然としないほどに、
過疎化も進んで人家も少なく。
寂れた国だというのが現状だと、

 “どこの誰もが思っていたのだろうが。”

そんなことは無いのだと言いたげに眉ひそめ。
持ち歩く間にも砂ぼこりを染ませたか、
生なり色に煤けさせたカンドーラの裾を忙しげに捌きつつ、
先程、町中で市場の只中に居た青年が、
ややもすると険しい面差しとなったまま、せかせかと足早に路地を進んでいる。
ついつい自分の世界に浸っておいでのそのおり、
背後にあった宿の二階から、
うっかり女将さんが落とした洗濯物を、カゴごとかぶる格好になってしまい。
ご迷惑をおかけしましたと平身低頭、
そりゃあ恐縮して謝った女将さんに薦められ、
そのままそこへと宿をとったらしい彼であり。
荷物もないし、衣紋もこの地の男衆にはお馴染みのそれ。
借り物ではないらしく、
足元までという長さのあるカンドーラへの、足捌きに不自然さはなかったが。
濃色の髪の乗っかった頭へぐるりとまとった格好、
二色の布を綱のようにねじった太いめの鉢巻きは、
ここいらではちと見かけない、少々風変わりなそれであり。
たった一人での旅の途中にある身の上なのか、
それにしては商人のように売り物を抱えているでなし、
為替を預かる飛脚のような者にしては、
太刀こそ帯びているものの、それでも無防備が過ぎる装備だろうし。
第一、周囲への警戒の様子が薄すぎる。
ほんのついさっきカゴが降って来たのへも、
周囲の皆様が大慌てで声をかけたにもかかわらず、
打ち合わせでもしたあったかのような見事さで、
底の真ん真ん中を頭のてっぺんへ打ち付けておいでだったし。
今もまた、何かへと深く深く思い詰めてでもいるものか。

 「………。」

周囲を見回しもしないほどの、いっそ潔いまでの一途さで、
街路をすたすたと進む彼であり。
陽光まばゆい昼下がりの大路に、三々五々 姿を見せている町の人たちも、
旅人が珍しい土地でなし、
思い詰めてる横顔に気づいても、
おやおやと…恋模様への煩悶か、はたまた親子喧嘩だか、
お若いのに随分と気が立っておいでだねぇと、
勝手な推量巡らせて肩をすくめる程度のもの。

 “そうさ、気配を殺していなきゃあ。”

此処はあの覇王の、文字通りのお膝下。
俺の正体と、負うて来た目的が露見すりゃあ、
取り押さえられ、処刑だってされかねない。
こんな無冠位者のちっぽけな命なんて、今更 惜しくはないが、

 “目的に辿り着くまでは。”

外国になろう当地には、頼るものの無い身だが、
それでもと視線が強くなり、
胸へと沸き起こった決意に向けて、ぐっと拳も堅くなる。

  姫を奪い返すまでは死ねぬ身なのだ

迂闊なことから捕らえられては何にもならぬと、
カンドーラの上へと羽織った、
ビシュトほど大仰ではない袖なし上着の胸元、
更に掻き合わせつつ周囲を見回し、
その視野の中にとある建物を見つけて おおと瞠目する。

 「…ここか。」

漆喰塗りの高い壁に囲まれた屋敷を訪ね、
裏手のナツメヤシの枝が1本だけ、
塀から外へまではみ出しているのをよじ登って入れば、
中にあるのは無人の館だ、と。
今は不在らしい持ち主の協力を得てあるという話だったが、
よほどに厳重な作りであるものか、
一応は人目を憚りつつ、高さのある塀を乗り越えたその途端、
壁一枚向こうの雑踏の気配があっと言う間に届かなくなって。
やっとのこと、完全な守りの中に身を置けたような気がしたものか、
青年はほうと吐息をつくと、その肩から力を抜いた。

 「………。」

時折吹く風に、ナツメヤシや他にも植えられた木々が、
庭のあちこちでさわさわとさんざめく。
特に手入れをする者も詰めてはないようなのに、
それでもこうまでの緑が生き生きと繁茂する国。
豊かな水脈を抱えていたことも味方をし、
今の繁栄とこうまでの発展を、
砂漠の奇跡、などと言われているこの国だけれど。
あの炯の国は、こんなあからさまな物流によるものではなくの、
文字通りそれはそれは神秘的な“奇跡の国”だったのに。
王家が管理していたのは、さして大きくはない軟石や貴石の鉱脈。
節度ある計画性に沿うて少しずつ削っては、
老練な伝統の技を注ぎ込んでの美しい細工ものにし、
行商に出た隊商に売ってきてもらうという、
そりゃあ細々とした交易で食いつないでいるような、
それはそれは微力な国だったのに。

 十分すぎるほど豊かな国力を保っておりながら、なのに、
 どうしてこの国の覇王は、炯の国を蹂躙する必要があったのだろか

異国へ留学中だったこともあり、直接の災禍を免れられた自分へと、
親切にも速攻でそんな恐ろしい戦火の話を伝えてくれた人があり。
武力なぞ無いに等しい非力な国を、
大軍勢を率いての力任せに、
しかもしかもあの美しい城を焼き打ちしてまで陥落させるとは。

 「そんな非道を許してなるものか。」

しかもその上、
炯国の神秘と気高さの象徴、
現王の一人娘だったキュウゾウ姫を、
人質も同然、第三妃に据えるからと首城都へと攫っていくなんて。

 「そんな非道を許してなるものか。」

大事なことだから2回も言ってのけた青年は、
イブキという名で、まだやっと18歳だったそうな。







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